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帰雲城
帰雲城跡地


徳川埋蔵金、武田信玄軍資金、山下財宝・・そしてこれは一夜にして埋没した埋蔵金伝説の城です。
飛騨高山に近い岐阜県大野郡白川村。
世界遺産の白川郷で有名な村です。

この村にかつて一夜にして、日本のポンペイと化した城がありました。その名を帰雲城(かえりぐもじょう)といいます。

1585年(天正13年)、羽柴秀吉は飛騨地方を平定するため、金森長近を当時飛騨の大名であった、三木氏の本城である松倉城に派遣し、この地を平定しました。
この時、白川郷の領主であった、帰雲城主・内ヶ島氏理(うちがしまうじまさ)は金森氏に帰雲城帰順を願い出て許されました。

本来ならば、ここで羽柴秀吉の配下となり、飛騨領主として、これからの豊臣政権に関わってきたかもしれません。内ヶ島氏もそんな希望を抱いていたかもしれません。
・・・ですが、それは叶いませんでした。

この年に、中部地方から近畿地方にわたる広い地域で強い地震が起こりました。この地震によって、飛騨白川の帰雲山が崩れ、内ヶ島氏の在所である帰雲城とその城下集落もろとも土石流によって埋没してしまいました。

こうして、帰雲城とその城下集落は、内ヶ島一族もろとも、瞬時に消滅してしまいました。


ここまでは歴史であり、これからが裏話です。


実は、この帰雲城には「内ヶ島氏埋蔵金伝説」があるらしいのです。数百億円~数兆円(!?)とも言われる埋没金が眠っているという噂です。

ですが、この話は眉唾ものだと言われています。
なぜなら、この話が出てきたのが、江戸時代でもなく、ごく最近だからです。

なぜ、このような話がでてきたのでしょうか?
それは、当時この領地の「財政が潤っていた」ということが関係しているみたいです。

今は、世界遺産の白川郷で、一躍有名となり、観光名所として村の財政も潤っていますが、当時は観光名所などはもちろんなく、農産物(米など)は殆ど収穫できないこの土地は、財政的に窮していたはずなのです。

ですが、「財政難であった」という資料がまったくなく、そこで生まれたのが、金(砂金)の産出地であったのではないか。という話です。実際に、当時の飛騨では金がかなり産出されていたとのことですし、現在はこの説が一番有力みたいです。

ですから、帰雲城にはたくさんの埋没金があるに違いない!それが、埋蔵金説になったみたいです。

・・でも、単純に考えて、武田氏や徳川氏みたいな有名な戦国大名ではなく、一弱小豪族が所有する金など、たかがしれているのでは。。と思うのですが、どうでしょうか?

やはり「男のロマン」なんでしょうか・・?



*帰雲城についてもっと知りたい人はこちら↓
参考HP「帰雲城と内ヶ島氏の謎」
http://www5.ocn.ne.jp/~tenpoint/
 


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【2005/08/27 12:24】 お城 | トラックバック(1) | コメント(0) |
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どうも、オクラです。今からちょっくら母方の田舎に帰ります。祖母が亡くなって一周忌。授業があったため、出られませんでした。とてもお世話になった、おばあちゃんなんで、この夏中に一度お墓参りに行こうと思っていました。そんなわけで行ってきます。ついでだから、こ 或るオクラ日記伝【2005/08/27 12:29】
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